ユエルとソシエが尊すぎるイベント

グランブルーファンタジー
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家の騎空団には、水ユエル、水火ソシエが仲間にいるので九尾様のイベントは見ているので気になってたイベント、「 ごめんなさいとありがとう

今回このシナリオを読んでいて、思う所があったのでつらつらと書いていきたいと思います。所謂、雑記というやつです。

色々と、今後の想像なんかもしているので、そういった考察等が苦手な方は読まない方がよいかもしれません。

タイトルがよい

フォントが若干崩れてる感じがするのは狐のしっぽを意識しているのだろうか。

ごめんなさいとありがとう

この言葉に込められた意味は沢山ありすぎて、正直何から話せばいいのか分からなくなってますが謝ることと感謝することって表裏一体ですよね。

自分の取った行動に対して否があるから「ごめんなさい」と謝るんですが、そこには相手に心配させたからだったり、相手に迷惑をかけたりだったりと原因は色々ありますし、「ありがとう」と感謝を伝えるにも同じ事が言えます。

今回はこれらの複雑に絡み合った感情が、テキストとして目で見えたり、声として聞くことができたりして運営が伝えたい事がダイレクトに伝わる良タイトルだとシナリオを通して感じました。

イベントに関してはいい意味で遊びをぶっこむ運営だと常々思ってますが、シリアスパートはかっちり締めてくるのがサイゲームを好きな所です。

シナリオがいい

ルリアノートに分からないことなし!恥ずかしい事を書いてる描写があったのが私気になります。

ユエルとソシエの出会いを振り返る事で今回のイベントは始まるのですが、登場人物も少なく分かりやすい流れで一応の完結はしているので安心して読むことができました。

補完するには、SSRやSRのユエル、ソシエのフェイトエピソードが必要ですねこれ。火風ユエルがいないのでなんとも答え辛いですが、加入してからの楽しみにしたいと思います。

これ、絶対に続きがあるような締め方ですしSSRのコウ君ワンチャン来るのでは…。そうなったら、できれば火か水で来て欲しいですね。おねショタエルーンパーティーとかご褒美以外のなにものでもないですよやったー!

とまぁこれくらいにおいておいて、タイトルに恥じないシナリオということは確かです。

他人の気持ちを想像できないから自分を優先するコウに 、きちんと叱って上げて褒めて上げるユエルとソシエは正しく家族をしていたように見えます。

人は一人では生きられない

この言葉の持つ意味を改めて考えさせられました。

※2,019年10月23日の次回予告にて、続編イベント『コウと空っぽの影法師』の開催が決定しました!

キャラがいい

バトルシーンで二人の掛け合いがすごくすこい…。これが尊いということなのね…。

芯は持っているけど、飄々とそれを感じさせない普段はお調子者の長女ユエル、普段は自分の意見を引っ込めて他人を尊重するけどここぞという時には自己犠牲も厭わない次女のソシエと照れ屋で臆病な弟のコウと…。

なにこれ。おねショタの王道じゃないですか…。弟が常にお姉ちゃんに振り回されてるのがいい。尊い

人によって誰がなにというこだわりとかは解釈の違いで変わってくるので、自分のこの判断が全て正しいとは思ってはいませんが、単純に言うとユエルやソシエの良さを改めて感じる事ができました。

九尾様とは

九尾といえば、玉藻の前、白面の者、妲己…といるが奥義を見るからに中国系がモデルと思われる。

九尾様の正体が現れた今回のシナリオ。

九尾の狐自体は色々な作品にも出てきますし、悪や善と様々な側面がある中国や日本を代表する妖怪で様々な作品によって解釈が違うので楽しみにはしてたのですが、グラブルの九尾は完全に悪役でしたね。

しかも、白面の者なみの悪役だったのでシビレましたね。シナリオを見てると、生まれてきた時から悪的な描かれ方をしていたので、世界が生み出した人間に対する抑止力的な存在なのかもしれません。

こういうのなんて言うんでしたっけ?アンチテーゼとかイレギュラーとか、カウンターとか?喉まで出てるんだけどそこからでません。

シナリオイベントで出てきた、ジオと似たような感じがしたのでなにかしらで絡んでくる可能性も考えられますね。

ただ気になるのが、憎むという感情に支配されているという点。憎み続けるにはよっぽどのエネルギーが必要なので機会があればここの深堀りもして欲しい所ではあります。

まとめ

今回のイベントは、後のシナリオイベントにも絡んで来る重要なイベントと共に、素直に謝る事やそれを正しく受け止め感謝する事が少なくなってきている現代人に問いかけているイベントと感じました。

理由や原因は様々ですが、他人に関心が持つということが少なくなるばかりか、他人を攻撃して自身の心に優越感を感じているだけでは本当に心の充足というのは得られないと思います。

自分を認められるのは自分ですが、その為には他人の評価というものが入ってくるはずです。そして、評価は有難がられる方がいいですし、それには感謝の気持ちが必要不可欠です。

相手が認めてくれれば、その相手が自分を認めてくれる。こういったサイクルがネット上を始め現実からも消えていっているのが感じるので寂しくもあり悲しくもあります。

色々と哲学的になったのですが、色々な事を考えさせられる良イベントだったということは間違いないことを確認できたということで締めさせていただきます。

参考になれば幸いです。

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